既存客や見込み客との関係を維持・強化する営業ツール社長通信(個人通信®)に
専門特化。船井総合研究所出身、日本で唯一の社長通信コンサルタント

TEL : 0422-57-8815

代表プロフィール

日本で唯一の社長通信コンサルタント

蒲池 崇 (かまち たかし)

1980年生まれ。日本唯一の「社長通信(個人通信®)」の作成、コンサルティング会社を経営。

「お客様はどこから買うかではない、誰から買うかだ」を信条に、日々の出来事から自分の人となりを紙面にして伝え、お客様から選ばれる存在になるメソッドを確立。

社長通信を送っていただけで「顧客単価が6.6倍」、「1000万円超の受注」、「7年間注文のなかった休眠客の発掘に成功」などの成果をクライアントにもたらす。

独立前、東証一部上場のコンサルティング会社、株式会社船井総合研究所では、継続的な情報発信が評価され社内で表彰を受ける。
クライアントは、工務店から税理士事務所、アパレルメーカーから葬儀社まで多岐にわたり、これまで作成代行をしてきた社長通信(個人通信®)は3000を超える。
「今回は社長通信に書くネタが本当にないんです」という人からでも短時間で必ずネタを引き出すインタビュー力、読み手が自然とその人のファンになる文章を作成するPR文章力にはとくに定評がある。
また自らの個人通信「蒲池通信」は2006年5月に発行開始以来、毎月発行で約10年の継続実績がある。
事業を通じて成し遂げたい願望は「いいものを持っていて、まじめに頑張っている会社が、世の中から正しく評価されるようになること」 社長通信(個人通信®)を通じて、PR下手で評価されていない会社が、お客様から選ばれる存在になるために日々活動している。
著書に「売れる営業マンになりたかったら自分を売れ!といわれてもなかなかできない人のための営業ツール(明日香出版社)」「顧客と最高の信頼関係を作る営業ツール(フォレスト出版)」がある。

個人通信®作成代行事業 誕生物語

「さっさと会社たたんでサラリーマンに戻れ!!」 

 2008年4月28日、夕方6時すぎ、池袋のとある居酒屋 さんで、私は先輩経営者のKさんにさんざん叱られ、悔しさと 自分の不甲斐なさから、泣いていました・・・。

 私は、大学を卒業後、コンサルティング会社の 船井総合研究所に入社し3年、その後転職し、 都内の社員教育会社の2年を経て2008年2月4日、 27歳で独立しました。
サラリーマン時代、特に最後の年は、 生活費以外のほぼ全てのお金を独立のための勉強、セミナーなど に費やし、プライベートの時間の大半もそれに費やしてきました。そして、満を持して今とは全く別のネットを使った営業研修事業をスタートさせました。小冊子を作り、広告を出し、また知人からたくさん営業先を紹介してもらい、意気揚々としていました。

 しかしです。これが全くもって上手くいきません。(いまではその理由がわかりますが、当時はわかりませんでした・・・。)前職からお客様を1社も持っていかなかったこともあり、お客様はゼロ。(厳密には、お情けで頂いた数万円の仕事が1件・・・)さらに、追い討ちをかけるように、当てにしていた(←大ばか者です)融資が、最後の最後の最後に断られ、あっという間に、預金が生活費残り2ヶ月のところまでいきました・・・。売上が立たず、その見込みも無く、どんどんお金は減っていきます。私は、大きな不安とストレスから、産まれて初めて不眠症になり、また、顔が(痙攣で)引きつるようになっていました・・・。

 そんななか、2008年4月28日、池袋のとある先輩経営者のKさんのところに相談に行きました。「調子はどうだ?めしでも行くか?」と誘われ、その社長の会社から数分のところにある居酒屋さんに行きました。お店は地下にあり、比較的落ち着いた感じのところで、テーブル席に座りました。ビールと料理を一通り頼んだ後、私は、上手く行っていない現状を正直に全て話しました。

 すると、普段はとても温厚なそのK社長から、「そんな甘い考えで、おまえは社長失格だ!!」 「さっさと会社たたんでサラリーマンにもどれ!!」と、さんざん叱られました。私は、自分が何が間違っているのか、サラリーマン時代に学んだ通りに全てやっているのに全く上手くいかない。八方塞でもうどうしたらいいのか全くわからなくなり、悔しさと自分の不甲斐なさから泣いていました。
そして、おしぼりで目を押さえながら、自分は結局この程度の人間だったのか・・・、自分は経営者にはなれないのか・・・、光の見えないとてつもなく深い穴に落ちてしまった感じがしていました。

 もう自分は終わりなんだ・・・。

 しかし、先輩社長からの次の一言で、一筋の光が見えました。「お前、他に何かできることねぇのか?」他に何かできること、私は少し考え「個人通信®の作成代行ならできるかもしれません。」と答えました。するとその社長から、「お前がやるのはそっちだろ!営業研修とかでかいことやろうとしてんじゃねぇ!」と言われました。個人通信®の作成代行事業が生まれた瞬間でもありました。

 ちなみに、私がそう答えられたのには理由がありました。船井総研時代、似たようなことで喜ばれていた経験があった。社員研修会社時代、部下や別の部署の営業に個人通信®の指導をしていた経験があった。また、営業マン時代、お客様から「うちでもこういうのを出せるようになったらいいんだけど」というお声を何度か聞いたことがあったからです。

 そして、その先輩社長から「おれが助けてやる。金はいらねぇ。おまえもすぐ動け。」と言われ、わざわざ案内を作って、その社長のお客様にご案内してくださり、そこから3社、そして、私自身、自ら営業マン時代から出し続けていた蒲池通信の読者の方々に告知し、すぐに3社の計6社ご契約を頂くことができたのです。

 私は、ぎりっぎりのところで命拾いしました。その後も、本当に本当に多くの方々に助けて頂き、お客様も増え、大変有り難いことに、なんとか事業を続けさせて頂いております。そして、いま私がこの事業に対して強く想うのは、自分の得意なことで、こんなにもたくさんのお客様に喜んで頂けて、さらに、世の中のためになる事業としても成り立つ、またこの事業との出会い方からも、これは私の天職だということです。

 私は、この道で生きていきます。日本で唯一の個人通信®の専門家として、個人通信®でより多くの方々のお役に立つ人生を歩んでいきます。そして、何年先になるかわかりませんが、個人通信®というものが世の中に定着し、最終的に私が世の中からいなくなっても、個人通信®は残り、尽きることなく多くの人々のお役に立てればと思っています。

個人通信®とは